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歴史の表裏・・・その壱
JUGEMテーマ:日記・一般
 
いよいよ今日から10月ですね。

最近日本の戦国時代の歴史や戦国武将に興味を持つ「歴女」やマニアックな女性が増えておるそうな・・・。

そう言えば周りにも知ってる女性で「城」大好きな女性な、武将にもの凄く興味を持ってる女性がじわじわと増えてる気がします。(笑)

噂では草食系男子や装飾系男子が激増していると言われている世の中・・・・・・。

戦国時代の武将達の様な骨のある生死を掛けた生き方に、心惹かれる女性が増えるのも仕方ない現象かも知れませんね。

そういう僕も筋金入りの歴史好きで、「武将好き」「お城好き」人間な為に、今までも本にもお金をいっぱい使ってきましたし、各地のお城巡りをしたことも数限り無くあります。


この前も本屋さんで最近新しく創刊されたらしい下の表紙の本を衝動買いしてしまいました。ヾ(--;)ぉぃぉぃ
綺羅びやかな表紙!

本の中身はと言うと・・・・・

数多くの写真が多用されており、目で見ることも重視して意識した内容ですが、目新しいかと言えば・・・。

買って損はしない内容ですね。←無難なコメント(笑)

そして最近ある本で何故豊臣家は今の日本で子孫は一人も見当たらず滅んでしまったか?を考えさせられる内容を読んで衝撃を受けました。

それは「礼」にあったとの説。

幕末に明治政府が徳川幕府を打ち倒し、政権を樹立した際に、幕府の「礼」や「儀式」を司る公卿や高家(礼式を教える公家)を再度招いて取り立て、天皇家を中心とした「祭典」を重視したことが大きな発見だったというのです。

豊臣家、特に豊臣秀吉公は自身が公家の最高位「関白太政大臣」にまで登りつめながらも、大阪の陣で滅んでしまい子孫は今に無いのです。

豊臣秀吉公の在世当時の大阪城などは「礼」など無いにも等しく、豪傑揃いの武将達は庭で立小便はする、乱暴狼藉などは当たり前で節操もなかったそうで、これには頭を抱えた秀吉公がせめて少し礼儀作法などを教えようと武将達に「茶」を習わせたりしたのが本当の様です。

それでもなかなか従わない武将達を相手に、奉行筆頭の石田三成だけは礼に口喧しく、関ヶ原の戦いで石田三成が敗れた後の大阪城中で三成と相当仲が悪かった浅野幸長は「三成がいれば武将達もこれ程行儀の悪いことも無かっただろう」という発言をしたと言われています。

そしてこれをつぶさに見ていた徳川家では武力だけでは無く、精神的な部分でも「礼」を重んじ、祭典儀式を大事に取り扱い続けたのが徳川三百年の太平の世に繋がったとの説です。

その内容は凄まじく、国元では100万石級の外様大名が参勤交代で将軍に謁見する機会があったとしても、顔を床に伏せたまま毎回顔さえ見ることもなく生涯を終える程の将軍家の権威付けが行われていたとのことです。

100万石級の大名でこうなのですから、その他の大名は推して知るべし・・・でしょうね。

この「礼」の真髄を明治政府は天皇家に応用する訳です。

その徳川家も三百年間は抑えられた大名達相手に最後には滅んでしまうのですが・・・。

歴史は繰り返す・・・のですね。



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おやじ達の地蔵盆その弐
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前回からの続きです。

おやじ達の地蔵盆も佳境に入ってきました。

当日は子供達がプールに入っている頃は快晴で暑かったのですが、途中雲が多くなり、雨かなと思う場面がありましたが、何とか持ちこたえてくれた様で、無事イベントも進んでいきました。

ポップコーンの後もまだまだイベントが目白押しです。

我が家の娘が真剣な表情で手に持っているのは・・・・・ダーツボールです。

お菓子を掛けたダーツ1本勝負なのでミスは許されません。(笑)
結構真剣かも。(笑)

「エイヤっ」と投げてはみたものの、命中するはずもなく、キョトンとしている娘に「もれなくプレゼント」のお菓子が!(笑)

大事そうに持ち帰りましたよ。(笑)
お菓子は本当に嬉しい様子。(笑)

その後は「ヨーヨー風船釣りゲーム」です。

このヨーヨー風船を作るのは水を入れたり膨らましたり、釣り上げる糸を作ったりと、相当時間がかかるので、準備していただいたお父さんには感謝です。
思ってる以上に時間がかかりますよ。

色とりどりでカラフルで子供に大人気です。
縁日やお祭り並の出来具合です!

子供達が群がって大混雑。(笑)
最初から大人気!

娘も集中して釣り上げ中です。(笑)
これも真剣!(笑)

と、ここでお父さん達が一度集まってビールで「乾杯」。

お父さんタイムに向けてボルテージが高まります。(笑)
メチャクチャ美味いビールです!

そう、お父さんタイムにはおやじ達待望の「バーベキュー」が!!!
期待感MAXかも。(笑)

炭で熾した火の上にレベルの高いお肉が所狭しと並びます。
焼肉はやはり炭ですね。

肉の卸問屋さんから直接仕入れたお肉とフランクフルトソーセージもドンドン並びます。
これは美味そう%美味い!

炭が上手く熾っていたのか、バーべキュー担当のお父さんの手際が良いのか、順番にジャンジャンお肉が焼けてきます。
最初は全部子供達に!

このソーセージがまた絶品!

バーベキューには勿体無いレベルの味で、仕入れ担当の方とお肉の卸問屋さんに感謝です。
焼いて美味いソーセージです!

やばいそうな写真でしょ。(笑)
今思い出しても蘇る味!?・・・。(笑)

下の写真の左側のお肉が上手く焼けてます。

このお肉もまた絶品で、子供達にも大好評&お父さん達にも大好評!

バーベキュー担当のお父さん達の手際も良くて、その手馴れた様子を応援しながら、僕も美味しくお肉をいただきました。
抜群の肉を堪能!

やはり青空の下大人数で食べるバーベキューはまた格別です。

子供達もお肉大好きなのが良く分かります。(笑)

お父さん達が忙しい仕事の合間に協力し合って、本当に良い地蔵盆を創り上げる機会を拝見させていただきながら、少しお手伝いすることも出来たので嬉しさ倍増の地蔵盆でした。

子供も以前より懐いてくれるようになり、やはりもっと関わらないといけないなと感じながら地蔵盆の後を過ごしています。

来年もハイパー(←これって死語?)(笑)な地蔵盆を出来るようにしなきゃ。(笑)

終わり。


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関ヶ原の戦いのイラスト!
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先日とある場所で密談(笑)していた時にレアグッズを発見!

なんとあの関ヶ原の戦いをイラスト化したポスターです。

このイラストは道理で目を引くはず・・・シュミレーションゲーム「信長の野望」「三国志」シリーズのイラストで有名なイラストレーター長野剛氏が書き下ろしたイラストなのです。

長野氏はCGを一切使わずに油彩画で描き続けている数少ないイラストレーターです。

それがこれです。↓
実質的な西軍の総大将石田三成・近江佐和山城主19万4千石!
イラストの解説では・・・

不退転の決意を持って関ヶ原決戦に臨む三成、そして戦乱の世にありながらも理想を追い続ける「義の人・三成」を見事に描ききっている。

三成の脇を固める島左近、大谷吉継の2人も魅力的。

背景で睨みを利かせる家康が、澄んだ瞳の三成と好対照を成している。

関ヶ原合戦、そして三成を題材とした革新的なイラストとして多くのファンを魅了することだろう。

とのこと。

今ちょうどNHKの歴史ドラマ「天地人」で義の上杉家、直江兼続が取り上げられてますが、その盟友の石田三成がドラマの主人公に取り上げられる日もそう遠くは無いかも知れませんね。

ちなみにイラストの後方にある石田三成の旗印「大一大万大吉」の意味は「一人が万人のために、万人が一人のために生きれば天下(大吉)は平和になる」という意味です。

いかにも石田三成らしい旗印・・・ですね。(笑)

久々に「熱い」イラストを観て戦国時代にタイムスリップしました! 


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「源氏物語」千年紀その2
前回からの続きです・・・


「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と詠んだ平安時代の宮廷サロンの大御所の藤原道長が源氏物語の作者と言われる紫式部を擁護し可愛がり「源氏物語」が完成したと言われています。

歌の最初に“この世は自分のものである”と詠み、“満月が一度も欠けたことがない”のと同じ人生だと詠むのもまた凄い歌です。(笑)


この藤原道長は自分の身内や娘から3人の天皇の后を輩出し、「一家立三后、未曾有なりと感嘆の言葉を記された程の時の権力者です。


藤原威子(ふじわらのたけこ)の立后の日に道長の邸宅で諸公卿を集めて祝宴が開かれ、道長は藤原実資(ふじわらのさねすけ)に向かって即興の歌この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば(小右記)を詠んだのです。

実資は丁重に返歌を断り、代わりに一同が和してこの「名歌」を詠ずることを提案し、公卿一同がこの歌を繰り返し何度も詠ったとされています。


ただこの歌の通り藤原道長が尊大で嫌味な人間だけだったとしたら、こうも歴史に残らなかったのも事実で、実際道長の家臣には道長四天王として仕えた源頼光や源頼信、平維衝、藤原保昌達の武士集団が従っていたといわれています。

余談ですが、この源頼光の下にはまた頼光四天王と呼ばれる優秀な武士達の集団がいて、有名な武士が渡辺綱(わたなべのつな)や坂田金時(さかたのきんとき)(金太郎さんのモデル)、卜部季武(うらべのすえたけ)碓井貞光(うすいのさだみつ)らがいて、大江山の酒呑童子の鬼退治で知られています。


中でも源頼光は京都の一条戻り橋の上で絶世の美女に化けた羅生門の鬼の腕を名刀「髭切りの太刀」で切り落とした話しが伝わっています。


そしてこの「髭切りの太刀」=名前が色々変わり"鬼切丸"として今でも京都市上京区の北野天満宮に現存しています。(宝物館でも展示自体はなかなかされてないらしく、最近では平成14年以来お披露目されてない様です。)


そしてこの時代には平安京最大の陰陽師「安倍清明」(あべのせいめい)公が生きていたと言われる時代ですので、何があったとしても不思議ではありません。(笑)


この「安倍清明公」も藤原道長公お抱えの陰陽師です。


そもそもこの平安京の都市造り自体が悪霊におびえ続けた桓武天皇による長岡京から平安京への遷都に端を発していますので、悪霊や怨霊、鬼が作った都市とも言える訳です。


しかも宮中の暮らす人達程、人の栄達や没落に敏感な人達もいない訳で、「源氏物語」に限らず、「今昔物語集」にも様々なドロドロした人間模様の逸話がたくさん残っています。

まだ最近でも政治家達の「裏金問題」や「愛人問題」は度々起こってますしね。

「源氏物語」が平安京のエッセンスを詰め込んだ「華」であるのもうなずける話しですが、その周辺や時代背景などの人間模様は今の東京の永田町とそう変わらないと思うのは僕だけでしょうか?


歴史って面白いネタの宝庫です。


長くなりましたが、「源氏物語」千年紀ブログはこれで終わりです。(笑)


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author:京都で一番「ありがとう」といわれる不動産屋さんを目指している株式会社みつばちハウジングの代表取締役の高畑 高嗣(たかはた たかつぐ)です。, category:歴史考察, 10:51
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「源氏物語」千年紀!
 「源氏物語」千年紀


皆さんご存知ですか?


2008年の今年は源氏物語が記録の上で確認されてから千年の時を経た節目の年です。


1000年昔の今の京都、平安京の時代の話しです。


僕も当初知らなかったのですが、京都在住の年配のお客様とお話ししていると、度々この話題が出てきていました。


そして当社の近所の嵯峨には源氏物語の訳者としても高名な瀬戸内寂聴さんがお住まいです。


源氏物語は第1帖「桐壺」(帝と桐壺の出会い・光源氏の誕生・母桐壷の死・葵の上との結婚・藤壺との出会い)に始まって、「夢浮橋」まで54帖からなっています。(光源氏の登場は40帖までです。)


その内、45帖「橋姫」から54帖まで、舞台を宇治に移して展開されますので、この内の10帖を”宇治十帖と呼んでいます。



物語は天皇の皇子として生まれながら臣籍降下して源氏姓となった光源氏が数多の恋愛遍歴をくりひろげながら人臣最高の栄誉を極める第1部があります。(嵯峨天皇の子で源姓を賜ったものとその子孫を嵯峨源氏と呼びます。)


そして晩年にさしかかって愛情生活の破綻による無常を覚える様とさらに老年の光源氏を取り巻く子女の恋愛模様を描く第2部が続きます。


そして光源氏の死後の孫たちの恋が綴られる第3部で物語は終盤を迎えます。



この「源氏物語」が昔から日本人に与えた影響は計り知れないものがあり、僕も国語の教科書で勉強した覚えがありますが、大人になった?(笑)今、考えてみますと、幼少の頃から輝くばかりの美貌と才能に恵まれ、「光る君(ひかるきみ)」綽名される光源氏。

血筋も家柄も申し分が無いのですが、その母は三歳の時に亡くなっており、その亡き母の面影を求めて生涯様々な女性と関係を持つというのが泣かせる話しです。


今でいうマザコンですね。(男は大なり小なりマザコンだと思いますが。)(笑)


僕も母親には弱くて甘いですし。(笑)


中でも六条御息戸所(ろくじょうのみやすどころ)が、光源氏の正妻の葵の上(あおいのうえ)を嫉妬の余り生霊となって取り殺してしまう話しは源氏物語の前半のクライマックスで、今現代に生きる人達にとっても、1000年の昔の話しと思えない程の生々しさです。

人はなりたくて生きながら鬼や生霊になるのではなく、抑えてもどうしようもなくて他人を羨む嫉妬心や妬みが生み出すものだと1000年も昔に物語に描き切っている所に、もの凄く深いものを感じます。


次回のブログでは時代背景と関係する人物を書く予定です。

つづく・・・



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